── 『Chocolat & Akito』でも、マッケンタイアはミックスで参加しているけど、とにかくレコーディングの顔ぶれがすばらしいと思って。

片寄 なかなかオモシロい顔ぶれになったよね。

── 10年前だったら、リトル・クリーチャーズのメンバーといっしょにやるなんて、まるでイメージできなかったけど。

片寄 そうだよね。実際につき合いがまったくなかったんだよ。でも鈴木(正人)くんの弾くベースがいいのはわかっていたから、ショコラの『Chocolate notes』をプロデュースしたときに来てもらったんだよ。案の定やっぱりすごくてね。あの人は日本のジェイムズ・ジェマーソン(註1)だと思うな。音数が多くて、(フレージングが)すごく歌うんだけど、ヴォーカルのメロディをじゃましないんだよ、びっくりするぐらいに。一種の天才だよね。だから自分の中では、圭も天才なんだけど、また全然ちがうベクトルをもった天才。鈴木くんはどっちかというとジャズっぽいイメージがあるよね?ウッド・ベースでさ。 でもあのエレクトリック・ベースのプレイっていうのは、「本当にすごいなあ……」と。うん、(マーヴィン・ゲイの)「What's Going On」のベースとかさ、たぶんあのぐらいのものを出すことができる人だと思うんだよねえ。

── バンド・アンサンブル全体も、ため息が出るほど端正ですよね。

片寄 でも、完全にヘッドアレンジだよ。だから、オレの弾き語りとリズムボックスだけのデモテープをみんなに渡して、リハーサルもしなかったから。スタジオに朝来て、みんなに弾いて聴かせて、それのコードだけをとって。

── いわゆる“セッション”。

片寄 そうだね。70年代でいうキャロル・キングの『つづれおり(Tapestry)』とかを作っているのと同じやり方っていうか。あとティン・パン・アレーっていう日本の人たちもそうだったんだよね。ヘッドアレンジといって、スタジオでその場で考えて、譜面がなかったっていう。そういうやりかたで、まあ「リズムはこうしようか?」って2〜3回やってみて、1日に2曲のペースで録ってたから。

── 最初に聴いたとき、ぼくもティン・パン・アレーのことが頭をかすめた。でも90年代に出てきたバンドって、上の世代からは、70年代
や80年代に活躍した人よりもテクニック的に劣っていて頭でっかち、というような認識を持たれがちだったけど、今こういう顔ぶれが腕を磨いて逞しくなって、こういうかたちになっているのがすごくうれしい。


片寄 だから、細野(晴臣)さんとか鈴木茂さん、松任谷(正隆)さん、林立夫さんとか……あの世代があって、その次が空白に感じるんだよね。オレらよりちょっと上の世代っていうのは、巧い人はたくさんいるんだけど、「巧いだけじゃん」って思ったりして。ちょうどぼくらの世代ってバンドブームふたつに挟まれているじゃないですか。

── あらゆる過渡期に直面している。

片寄 そうそう。バンドブームに出てきた人たちって、セッション・ミュージシャンになるようなメンタリティもテクニックも持った人が少ないから、そういう意味ではちょっとオモシロい人材が集まっているっていうか。今回のレコーディングは本当にスピードが速かったんだよ。すべてが1日2曲ペース。演奏で2曲、歌で2曲。ミックスもだいたい1日で2曲だったから。

── それでいてプレイは柔軟だし、ひとりひとりのスタイルがしっかりしているし。

片寄 基本的にはドラム、ベース、アコースティック・ギター。ディストーションをかけたギターは入ってないから。そういう少ない音数でやっていくときには、アレンジをきちんと考えていかないと
かなり大変なことになるんだけど……けっこう平坦なものになってしまうのがオチだったりして。そんなのは杞憂だったね!

── じゃあ、ショコラといっしょに最初に想い描いていたサウンドのイメージっていうのは?

片寄 うん、あった。基本的には“サイモンとガーファンクルの夫婦版”。最近でいえば、キングズ・オブ・コンヴィニエンスとか。ああいうのを、自分たちが男女の声でやったらオモシロいんじゃないか、っていうのは思っていて。意外とショコラの声とオレの声って似てるところがあるんですよ。ときどき、どっちがどっちかわからなくなったりするから、サイモンとガーファンクルとかキングズ・オブ・コンヴィニエンス的な男どうしのデュオに近いことができるのかな、っていうのがあったんだよね。
註1:ジェイムズ・ジェマーソン
60〜70年代に栄華を誇ったモータウン・サウンドを支えた通称“ファンク・ブラザーズ”の一員であり、革新的なプレイでポップ音楽界全体に多大なる影響を及ぼした名ベーシスト。映画『永遠のモータウン』でもその伝説的エピソードが描かれているので、興味のある方は必見。