── では、1曲1曲について話していきましょう。「Walking In The Park」は、まず導入部。最初にギターが鳴って、歌詞の初めのセンテンスでぽわんと色が浮かび上がってくるような感じがすばらしくて。

片寄 うん。モノクロームからね。この曲はヴィデオも作ったんだよ。さっきいったような当初考えていたニュアンスにいちばん近い曲かなと思って、これを1曲めにしたし、ヴィデオも作ったんだけど。

── ハーモニーがとても印象に残りましたね。主旋律とコーラスがあるんだけど、ふたりの入れ替わりがけっこう激しくて。高いパートと低いパートの。

片寄 そうだね。オレが裏声で上を歌ってたりすると思ったら、今度はショコラが上に行ってオレが下に行く……とかあったよね。

── あと、歌詞をふたりで作っているじゃないですか。どこからどこまでをどちらが書いているかっていうのはわからないんだけど……公園を歩いているという歌で。それで、これはぼくの経験なんだけど、街を女の子と歩いてると、たとえば金木犀が香る季節だったりして……。

片寄 ああ、いいね。

── ふと、女の子が「あ、金木犀の香りだね」とかいって。でも、ぼくはふだんからそんなことは意にも介していないわけで。そういう季節のうつろいを感じとるような、女性独特の……。

片寄 はいはい。感性ね。うん。

── それが確実に入っているなあ、っていう。あと、そんなに簡単に二分していいのかわからないけれど、片寄くんの形而上的なものと、ショコラの形而下的なものが、すばらしくバランスがとれている気がする。そのバランスは、声のハーモニーも含めたすべてにおいて同調してる感じがして。そこが他にはない魅力だと思うんですよ。

片寄 だとすれば、うれしいなあ。実際、今住んでいる家のちかくには本当に公園があって、そこをぶらぶらしながら歌詞を書いたりしてたから、すごくナチュラルにできたものだよね。

── まずショコラが書いて持ってきた歌詞をみて、どんな印象を持ちます?

片寄 彼女はね……。たいていの女性アーティストが持っている特有のエゴみたいのがあるじゃないですか。そこから、えらく縁が遠いところにいるんですよ。むしろその真逆のところにいるっていうのかなあ。そういう意味では、自分とも真逆なんだよね、うん。非常に禅問答的なことをいいだす、っていうか……。歌詞にしても、奥は深いんだけれども、見ためにはすごくミニマルな表現をする人で。色だったりとか、彼女が興味を示すものは、ぼくとはやっぱりちがってね。色を使った歌詞でも、そこにあまりエゴがないんだよね。

── 見たままの……。

片寄 そう、見たままを切りとる、ってタイプ。声に関してもそうで、いっしょにやっていていちばん好きなのは、声にムダな感情がないところ。ムダな感情が入っている女の人の声って、ダメなのね。ソウル・ミュージックとかだったら別だけど。自分が好きな女性ヴォーカリストにしても、たとえばトレイシー・ソーンとか、まあいろいろいっぱいいるんだけど。そういう意味では、彼女の声っていうのは、自分にとって理想で。そこにぼくのスタイルをどう混ぜていくかっていう。

── そこがすごくうまく噛み合っている。もちろんふだんからのパートナーであるし、すごくお互いの信頼感が感じとれるっていうのかなあ。それですごく印象的な歌詞のフレーズにがあって。〈なんてことのない喜び/かけがえのない喜び〉。これは、「Veranda」の〈ささやかな幸せがせつない〉っていうのと……。

片寄 うん。まったくいっしょです。

── このフレーズが、ふたりの関係においてとても重要なんだろうなと思って。ぼくもね、もう36歳じゃないですか。

片寄 そうだよねえ(笑)。そうか、うん。

── (笑)こういうことって……実感しますよね。

片寄 実感する。すごい実感する(笑)。

── 「なんてことないことが幸せなんだよ」っていう紋切り型の表現ではなくて、本当に身をもって感じる……。

片寄 そうなんですよ。それを紋切り型じゃなくいうにはどうしたらいいのか、インチキくさくなく表現するにはどうしたらいいんだろう、っていうところにはすごく腐心したけどね。それって、自分にとってすごく重要な……それがあるから生きていけるんだよね。昔は、空なんて見上げたことなかったんだけどね。うん、それこそ「太陽なんて昇らなくていいや」と思ってたんだけど、やっぱりこう「陽が当っているっていうのがいいな」とか。あんまりそれをヒッピー的に捉えられるといやなんだけど、何かあるんだよね。アシッド・カルチャーでさ「ひと粒の砂に宇宙をみる」だっけ? そんな意味の言葉があったよね。仏教でもいろいろそういうのって語られてるじゃないですか。それに近いニュアンスなのかな。結局は“それがすべて”というか。

── でも、それをわかるまでには、いろんな犠牲を払ってきて……。

片寄 払ってきたねえ(笑)。

── それを払ったことにより実感するわけであって、紋切り型だと「君子、危うきに近寄らず」になっちゃうけど、そうじゃなくて。危うきに近寄った……。

片寄 近寄った挙げ句の果てのチルアウトですから、オレは(笑)。それはすごくわかるんだよ。ベトナム戦争の後にジェイムズ・テイラーとかが出てきたりとか。アメリカはそういう意味で「ああ、単純でわかりやすい国だな」と思うんだけど。9.11テロの後にノラ・ジョーンズが出てきたりとか、ああいう大衆の心理っていうのはあるんだろうね。でも今回の自分はそれとはちがうとは思う。もっとパーソナルなものなんだけど、そういう“「ファイヤー&レイン」の後”(註2)っていう感覚はたしかにあるね。

── それがこのアルバムのひとつの大きなテーマだと思います。

片寄 そうだね。
註2:「ファイヤー&レイン」の後
サイケデリック革命やブラック・パワーに代表される60年代のカウンター・カルチャーが失墜し、敗北感と無力感が蔓延していた1970年秋に大ヒットしたジェイムズ・テイラーの名曲が「ファイヤー&レイン(Fire And Rain)」。神経衰弱による療養生活をへて、激動の時代を共に過ごした友の死を悼んだこの歌は、多くの若者たちの共感を呼んだ。収録アルバム『Sweet Baby James』は、シンガー・ソングライターの時代の幕開けを飾った永遠の1枚。