片寄 これは清水くんが書いた曲なんだよ。

── で、ショコラが歌詞を書いて。わりと擬音的な言葉づかいは、片寄くんの影響なのかな?

片寄 ああ、オレもよくやるからね。

── でもやっぱりとても女性的な歌詞で。最初に見たとき、どう思いました?

片寄 いや、歌詞だけもらったときは、「ずいぶんまた可愛らしいのを!」と思いましたけど(笑)。歌ってみたら、そう気恥ずかしくもなかったっていう。それはまあ、清水くんの曲が、いい意味であっさりしているっていうかな。オレはあっさりした曲でも、ちょっとやっぱり変態度がにじみ出ちゃうんだけど、変態度がないところがいいね! うん。新鮮だったな。だから今回はね、自分以外の人にも曲を書いてもらおうと思って。最初に想い描いたデュオのイメージに、これまた近い曲だったよね。

── つまり、これと対をなすのが、8曲めの「Fly」ですよね。

片寄 そうそう。だから、清水くんと鈴木くんには「サイモンとガーファンクルみたいな曲を書いてよ」といったら、ふたりともまったく正反対の曲を書いてきてくれたんだよ。




── ちょうどいい流れなので、ここで曲順をとばして「Fly」の話を。初めて聴いたとき、「このリズム・アレンジは、きっと片寄くんの作曲じゃないな」って思ったんですよ。けっこうびっくりして。

片寄 そうだよね。うんうん。

── 歌詞については、さっきの〈なんてことのない喜び〉にも通じるところがあると思うんですよ。10年ぐらい前インタヴューしたときに話したけど、Great 3の曲のテーマに“イノセンスとグローイング・アップ”というのが大きくありましたよね。

片寄 あったね。

── そことかなり関連するものだと思うんですけど、かつては“老いる”っていうことに怖れがあった。ぼくも同い年だから、もちろんあったけれども……。

片寄 でも、老いるってことに対してのリアリティもなかったんだよね。でも今は確実に老いてるから。確実に髪の毛は日々1本1本抜けていく、そして生えてこない、みたいな(笑)。免許の更新のたびに「顔が老けたなあ」とか思ったりするし。後から振り返ったら、今も過渡期なのかもしれないけど、あの頃よりは確実に老いるってことに対しての自覚はあるんだよね。で、自分が35〜6過ぎて聴ける日本の音楽ってのが、やっぱりすごく少なくなってきてるじゃないですか。まあ、常に若い人がやってる音楽っていうのは魅力的だし、ロックンロールの醍醐味だから、そこが中心になることはもちろんOKなことなんだけど。「じゃなくて、もうちょっとなんかあるでしょ!」っていう気持ちは正直いってあって。まあ、同世代だったら、たとえばコーネリアスや曽我部(恵一)だったりとか、じゃなかったらZAZEN BOYSとかくるりとか、いいバンドもいっぱいいて、たぶんみんなそういう部分で闘って、これから広げていこうとしているんだけど。まだ、今あんまりそこをレコード会社も重視していないし、リスナー側もそんなに自覚していない感じがするけど、ミュージシャンはみんな考えてるよね。とくにオレらの世代は。同じ世代の人間たちともっと楽しんでいきたいし。じゃないと自分たちに未来はないと思ってるから。ミュージシャン同士で会うと、みんなやっぱりそういう話になるよ。

── 90年代にこの世代のミュージシャンはすごく注目されて、メディアの露出もあって、時代を象徴する存在だったけど、まあ新しい世代がきたところで……。

片寄 それはくり返しだからね。

── 「ならば、そこで何をやろう?」っていうのはありますよね。

片寄 下が出てきたから、じゃあ上が消えていかなければいけないのかっていうと、そうじゃないと思うし。その上にしかできない表現のしかたっていうのが、きっとあるだろうとは思ってて。

── でも、枯れてアンプラグド的になるとか、その手の安易なところには、みんな絶対行かないから。

片寄 うん。行かないね。だから今回の『Chocolat & Akito』とか、それこそリトル・クリーチャーズのこないだ出た『NIGHT PEOPLE』とか、枯れたっていう印象を持つ人もいるかもしれないけど。でもそれは、その奥底にある“ふつふつと煮えたぎるもの”に気がつかない鈍感な人だけだと思うんだよ。

── そここそが重要だと思う。そこが、この世代のミュージシャンのアイデンティティのすごく重要な部分というか。

片寄 そうそう。表現のしかたなんだよね。上の世代だったら、20年ぐらい前に確立した個性をずーっと押し通して延々つづけていく……まあそれも、ラモーンズ的なひとつの美学だと思うんだけど、ぼくらの世代はそうじゃないんだよね。常に形を変えながら表現していくっていうのかな。話は戻っちゃうけど、トータスの連中なんかにもそれをむちゃくちゃ感じるし。あいつらの体がどれだけ入れ墨だらけか、ということなんだよね。ぼくは入れ墨はないけど、入れ墨を入れたくなるような激情に対して忠実に音楽をやろうと思ったら、意外とこういう形になるのが、ぼくらの世代のような気がするんだよね。

── 実際に肉体的には老いちゃっているわけで。Great 3の出発点には、老いることによって自分の中にあるイノセンスが失われるんじゃないかっていう怖れが……それこそ歌詞とかにいっぱい表れていたわけじゃないですか。

片寄 そうだね。怖れてたんだと思うよ。今は“怖れ”っていう感覚はないな。むしろ、それが消えないことが恐ろしいよね(笑)。子供のころ、36〜7っていったら、おっさんじゃん! もっと大人だったよね、自分のイメージではさ。なんか、それこそ子供のころに高校野球とか観てると、すごいお兄さんがやっているものだと思ってたんだよね。いまだになんか、そういう意識がどこかで抜けなくて。高校野球観てると、こんな子供じゃないですか、みんな(笑)。それに対する自分の実状と感覚のズレみたいなものがむちゃくちゃあって。それこそ、成長できてないっていう怖れのほうがでかい。

── この曲の歌詞の〈遠のいた欲望が 安らぎを呼ぶ〉とか、〈愚かさに微笑みながら/(優しさが)しがみついている〉とか。

片寄 本当にそう思っているかどうかは別だけどね(笑)。

── でも、そういうヴィジョンが見えているっていうことが、かつてとはまったくちがうなっていう。

片寄 そうだね。

── 今回のショコラとのデュエット作だから……。

片寄 出せた部分はあると思う。

── だけど、今後にGreat 3もやっていくうえで、こういう題材も……。

片寄 うん。出てくるかもしれないね。そういう意味では自分の中で新しいタイプの歌詞だね。あと「Fly」はね、コーラスの流れがすばらしいね。コーラスのアイディアが、最初から鈴木くんにあって。それをぼくらがふたりが歌って表現してみたんだけど、自分にはない数学的な美しさがあるんだよね。ユニゾンで始まったものが、ふたつにこう分かれていって、それがまたくっついて。たぶん音譜にしたら、すごく綺麗だと思うよ。